ご無沙汰していました
みなさん、お久しぶりです。
お元気ですか?
多良間はすっかり初夏の陽気です。
ブログを更新しない間に、様々な出来事がありました。
長女が幼稚園を卒園し、多良間小学校に入学。
同級生15人が、幼稚園からそっくりそのまま移動しただけの入学ですが、初めてのランドセル・給食・授業・・・・・様々なことを毎日楽しんで、元気良く通っています。
同じ四月には、村議員のSM氏が55歳と言う若さで亡くなり、偶然にも同じ日に多良間にスポーツインストラクターとして通っていたTMさんが、43歳と言う若さで亡くなり、あまりにも重なる突然の不幸に絶句した日もありました。
しかし。
そんな悲しみを乗り越えつつ、私たち遺された者・今を生きている者たちは懸命に生きていかなければなりません。
長男は、この5月からやっと保育所に入所することができました。
一度は保育料の高さに入所をあきらめましたが、いろんな人に相談して、勉強もして、我が家の収入に見合った保育料を算出していただけることができました。
悩みや苦しみは、隠さずに相談したらいいのだという事を再び思い知りました。
生きていると、悲しみや辛いことにもぶつかるけれど、懸命に生きていれば、きっといい事がある。
そんな事を思う今日この頃です。
生活に追われて、なかなかブログの更新もままならないけれど、のんびり少しづつ進んで行きたいと思います。
どうかよろしくお願いします。
お元気ですか?
多良間はすっかり初夏の陽気です。
ブログを更新しない間に、様々な出来事がありました。
長女が幼稚園を卒園し、多良間小学校に入学。
同級生15人が、幼稚園からそっくりそのまま移動しただけの入学ですが、初めてのランドセル・給食・授業・・・・・様々なことを毎日楽しんで、元気良く通っています。
同じ四月には、村議員のSM氏が55歳と言う若さで亡くなり、偶然にも同じ日に多良間にスポーツインストラクターとして通っていたTMさんが、43歳と言う若さで亡くなり、あまりにも重なる突然の不幸に絶句した日もありました。
しかし。
そんな悲しみを乗り越えつつ、私たち遺された者・今を生きている者たちは懸命に生きていかなければなりません。
長男は、この5月からやっと保育所に入所することができました。
一度は保育料の高さに入所をあきらめましたが、いろんな人に相談して、勉強もして、我が家の収入に見合った保育料を算出していただけることができました。
悩みや苦しみは、隠さずに相談したらいいのだという事を再び思い知りました。
生きていると、悲しみや辛いことにもぶつかるけれど、懸命に生きていれば、きっといい事がある。
そんな事を思う今日この頃です。
生活に追われて、なかなかブログの更新もままならないけれど、のんびり少しづつ進んで行きたいと思います。
どうかよろしくお願いします。
記念すべき卒業式
春は三月別れの季節です。
12日に、多良間中学校の卒業式が行われました。
今年の卒業生は18名。

毎年、仕事の関係で卒業式には出席するのですが、親しい子供がいてもいなくても、必ず泣いてしまうんです・・・・
多良間島には高校がありません。
中学を卒業したら、宮古・沖縄・八重山・場合によっては内地の高校へ進学します。
中学を卒業するということは、親元から離れて自立するって事で。
今までの15年間を振り返れば、親も子供も泣けるんです。
それを見て、私は「うちは残り○年だなぁ・・・」と考え、数年後の娘や息子の姿を想像したり、果たして二人を高校に進学させて上げられるだけの経済力があるんだろうかと心配したり。
そんな事を思いながら、泣いてしまいました。
翌日の13日は県立高校の合格発表。
18名が全員合格しました。
それを聞くと、どの人も「よかったねー!!全員合格だってよ!!」と喜び、友人知人に伝えていきます。
高校合格は、島の人みんなの喜びでもあるんです。
で、何が記念すべきかってーと。
「第60回卒業式」だから。
キリ番ゲットだぜ!
12日に、多良間中学校の卒業式が行われました。
今年の卒業生は18名。

毎年、仕事の関係で卒業式には出席するのですが、親しい子供がいてもいなくても、必ず泣いてしまうんです・・・・
多良間島には高校がありません。
中学を卒業したら、宮古・沖縄・八重山・場合によっては内地の高校へ進学します。
中学を卒業するということは、親元から離れて自立するって事で。
今までの15年間を振り返れば、親も子供も泣けるんです。
それを見て、私は「うちは残り○年だなぁ・・・」と考え、数年後の娘や息子の姿を想像したり、果たして二人を高校に進学させて上げられるだけの経済力があるんだろうかと心配したり。
そんな事を思いながら、泣いてしまいました。
翌日の13日は県立高校の合格発表。
18名が全員合格しました。
それを聞くと、どの人も「よかったねー!!全員合格だってよ!!」と喜び、友人知人に伝えていきます。
高校合格は、島の人みんなの喜びでもあるんです。
で、何が記念すべきかってーと。
「第60回卒業式」だから。
キリ番ゲットだぜ!
まぁ!こんなところで!!
西筋レンタカー(0980−79−2030)のお手伝いをしています、緑茄子多摩子です。

今日は、日帰りのお客様が2組いらっしゃるということで、空港にお迎えに上がりました。
事務所にお連れして、コピーをとらせていただくために、免許証をお借りいたしました。
何気なく見た本籍欄に、懐かしい「座間味村」の文字がありましたので
「自分、座間味にいましたよー。シラハマと、まるみやで働いていたんです。すっごいローカルな話でごめんだけど。」
すると、このお客様
「あー・・・自分、シラハマの隣のうりずんの息子です。」
びっくりしました
このブログにリンクさせていただいています「パパイヤ光太郎さん」の息子さんなんですって!!
接客業をしていると、たまにこんなサプライズがあります。
楽しいですね!!

今日は、日帰りのお客様が2組いらっしゃるということで、空港にお迎えに上がりました。
事務所にお連れして、コピーをとらせていただくために、免許証をお借りいたしました。
何気なく見た本籍欄に、懐かしい「座間味村」の文字がありましたので
「自分、座間味にいましたよー。シラハマと、まるみやで働いていたんです。すっごいローカルな話でごめんだけど。」
すると、このお客様
「あー・・・自分、シラハマの隣のうりずんの息子です。」
びっくりしました

このブログにリンクさせていただいています「パパイヤ光太郎さん」の息子さんなんですって!!
接客業をしていると、たまにこんなサプライズがあります。
楽しいですね!!
さらば!うるぱな!!

今日の天気は曇り時々雨。
こんなどんよりした天気に、うるぱなは多良間島から出て行った。
彼女なりに、彼女の幸せを考えた結果、好きで移住した多良間島から出る事を決意したんだ。
だから、止められない。
でも、せめて見送りはしようと思って普天間港まで出かけた。
うるぱなの車がフェリーに乗り込むのを見た。
でも、うるぱなが見当たらない。
私が仕事の電話をしている間に、玄さんがうるぱなに電話して「ちょっと、外に出ておいで。」と言ってくれた。
2階のデッキにいたみたいで、すぐにうるぱなの姿が見えた。
案の定、涙顔・・・・・
案の定だったけど、やっぱり泣けた。
うるぱなには、ずっと多良間にいて欲しかった。
結婚しようが独身でいようが、多良間をこんなに愛してくれるうるぱなには、いつまでも多良間島にいて欲しかった。
でも、彼女なりに悩みに悩んで出した結果だ。
それに、幸せになるために島を出るんだ。
お互いが泣きながら、いつまでも船の出港を待つなんてのは、私の性に会わない。
だから、へたくそながらも一生懸命作ったお弁当を渡して、さっさと帰ってきちゃった。
もっとかけたい言葉もあったみたいだけど。
もっと話したいこともあったみたいだけど。
それは、きっといつか話せるときがくるでしょう。
うるぱなは、隣の宮古島にいるんだもの。
さらば。うるぱな。
がんばれ。うるぱな。
しあわせは、歩いてこない怠け者。だから自分でつかむんだ。
あなたが幸せになる事を信じています。
またいつか、どこかで笑顔で会いましょうね。
懐かしい「わん」

多良間島の中にある「西筋(いりすじ)レンタカー」を、時々お手伝いしている多摩子です。
今日、午前の飛行機が到着した後の時間に「飛び込みの日帰りのお客様を迎えに行って〜」とオーナーの奥さんからお電話。
早速迎えに飛んで行き、事務所にてお手続き。
私「初めてのご利用でらっしゃいますか?」
客「2回目です。」
オーナー妻「えー・・・もしかして、前はお二人でいらっしゃった?」
客「・・・・・・一人でしか来たことがないやし、わん。」
おおおーーーーー!!!
懐かしいーーーーーーーー!!
ここで私は一瞬「沖縄ワールド」に浸ったのでした。
わん。
私とか俺って意味だけど、多良間の人はこの言葉を使わない。
多良間生れ、沖縄育ちの玄さんも使わないのね。
でも、沖縄本島にあこがれて、座間味島に移住し、那覇に移転、家庭の事情から那覇から多良間に移住した私としてはちょーーー懐かしい言葉だったのでした。
「だから何?」って?
いえいえ。
ただ、それだけ。















